ばあちゃんの死がきっかけで気づいた、自分のなかの大事な価値観

どうも、ぶっちーです。

 

今回はばあちゃんの死という
ちょっと重めの話です。

 

なので、もし読みたくない方は
そっと戻るボタンを押してください。

 

 

ただ、今回は僕の大事な
人生観について話していきます。

 

僕は「自分難民からの脱出」というテーマで
情報発信をしています。

 

僕が配っている電子書籍のタイトルでもありますが、
要は自分らしく生きようということです。

 

 

もともと人の顔色ばかり伺って生きてきた僕ですが、
そんな僕が自分らしく生きようと思うようになったのは、
ばあちゃんの死も大きく関係しています。

 

昔の僕と同じように、人の顔色を伺いばかり伺って
生きづらさを感じてる人って多いよなって思ったので、
今回は書くことにしました。

 

よければ読んでみてください。

 

 

ばあちゃんとの別れはあっという間だった

 

とある年の年末にばあちゃんは倒れた。

 

緊急手術で一命は取りとめたものの、
その2週間後に息を引き取った。

 

 

ばあちゃんは倒れる2週間前には
我が家に遊びにも来て
元気な姿を見せていたのに。

(離れて暮らす母方のばあちゃんです)

 

 

10年前にじいちゃんが死んでから、
ばあちゃんは寂しそうに暮らしていた。

 

そんなばあちゃんを気にかけて、
年に3回ほどはばあちゃんをうちに招くようになった。

 

そして、1週間ほどうちで過ごして帰っていくのが
毎回の恒例行事だった。

 

 

これといって大きなイベントはない。

 

ばあちゃんとテレビを観ながら喋ったり、
ご飯を一緒に食べたり、たまに温泉に行ったり。

 

そんな何でもない時間が幸せだった。

 

 

そして、倒れる2週間前にも
ばあちゃんはうちに遊びに来てて、
いつものようにごくありふれた
幸せな時間を過ごしていた。

 

温泉に行ったのもいい思い出だった。

 

風呂から上がって広間でゆっくりしながらご飯を食べ、
デザートにアイスも一緒に食べたりした。

 

「美味しいね」

 

そう言って、ばあちゃんが喜んで食べてたのが懐かしい。

 

 

そして、1週間ほどうちに泊まった後、
ばあちゃんを見送った。

 

「おばちゃんも年だから今回が最後かもね」

 

そんなことを言っていたが、
僕は

 

「そんなことないよ」
「また正月会おうね」

 

と言ってばあちゃんを見送った。

 

 

それが12月の中頃のこと。

 

で、ばあちゃんは毎年正月にも遊びに来てた。

 

だから、

 

「また2週間もすれば、ばあちゃんが来るな」
「次も楽しみだな」

 

そんなことを考えていた。

 

 

しかし、忘れもしない。

 

その年の12/30の早朝にばあちゃんは倒れた。

 

明け方に父親が深刻そうな顔をして
部屋に入ってきて

 

「おばちゃんが倒れて危険な状態みたい」

 

そう言ってきた。

 

僕は父親と急いで病院に向かった。

 

 

病院に着いたが、一刻を争う状態のようで、
ばあちゃんは手術室のなか。

 

ばあちゃんとは会うこともできない。

 

不安で仕方なかったが、
待つことしかできなかった。

 

 

その後、先生が待合室に入ってきて
手術についての説明をされた。

 

一刻も早く輸血が必要で、
手術は長丁場になるとのこと。

 

親と話し合い、親だけが病院に残り、
僕は家に帰り待機することになった。

 

 

そして、とりあえず手術は成功。

 

1週間後、ばあちゃんにも面会に行ったが、
リハビリも始めたようだ。

 

「これであとは回復するのを待つだけか」
「早く良くなるといいな」

 

そう願っていた。

 

 

しかし、その後すぐに容体が急変。

 

もう回復の見込みはなく、
持ってあと1週間ほどらしい。

 

 

人間いつかは死ぬ。

 

でもまさかこんな急にその時が来るとは。

 

ついこの間まではうちに遊びに来て
元気な姿を見せていたのに。

 

 

その後、毎日病院に見舞いに行った。

 

しかし、ばあちゃんは寝たきりで
意識は戻らない。

 

ばあちゃんには良くなってほしいが、
回復の見込みはない。

 

残りの時間がただ過ぎてくのを待ち、
ばあちゃんが弱っていくのを
ただただ眺めることしかできない。

 

それがただただ虚しく辛かった。

 

 

そして、その数日後、
ばあちゃんは息を引き取った。

 

ばあちゃんの死によって強く意識するようになった価値観

 

僕はばあちゃんの死をきっかけに
生き方について深く考えるようになった。

 

人はいつか死ぬ。

 

のんびりしてる時間なんてない。

 

 

でも当時の僕はどこかのんびりしてたと思う。

 

まだ30代。時間はまだある。
人生これから。

 

怠けていたわけではないが、
時間の大切さを忘れていた気がして反省した。

 

何か大きなことを成し遂げたわけではない。

 

まだまだやりたいことは山ほどある。

 

自分のやりたいこと、好きなことをやって、
自分らしく生きることが大事だと
強く思うようになった。

 

 

そして、自分らしく生きようと
思うようになった理由は他にもある。

 

むしろ、こっちの理由のほうが大きいかもしれない。

 

それは、ばあちゃんとの価値観の違いだ。

 

 

ばあちゃんには生前、

 

「早く結婚しな」
「結婚してお父さん、お母さんを安心させてあげな」

 

よくこう言われていた。

 

 

僕はばあちゃんのことは大好きだったが、
この価値観だけはどうしても受け入れられなかった。

 

「なんで結婚を強制されないといけないんだろう?」
「結婚って自分がしたいと思うからするものだよな?」
「親を安心させるための結婚って親のためじゃね?」

 

いつもこう思っていた。

 

 

ばあちゃんが遊びに来るのは楽しみだった。

 

でも遊びに来れば毎回のように
結婚についてあれこれ言われる。

 

その時だけは、いくら大好きなばあちゃんでも
話は聞きたくなかった。

 

 

でも逆に罪悪感のようなものも
同時に持ち合わせていた。

 

もちろんばあちゃんは
僕を想って言ってくれている。

 

それなのに素直にばあちゃんの気持ちを
受け取れない自分がいる。

 

じいちゃん、ばあちゃんには
小さい頃から可愛がってもらってたから、
なおさら罪悪感のようなものは大きかった。

 

 

小さい頃はじいちゃん、ばあちゃんの家に
遊びに行くのが楽しみだった。

 

じいちゃんとはキャッチボールをしたり、
将棋やオセロをしたり。

 

ばあちゃんには手作りの干し柿や
かりんジュースをもらっていた。

(子供の僕にはあまり好みではなかったけど笑)

 

年に1回はじいちゃん、ばあちゃん、
両親、姉弟と旅行にも行っていた。

 

 

それくらいじいちゃん、ばあちゃんには
可愛がられていたし、僕もじいちゃん、
ばあちゃんが大好きだった。

 

だからこそ、ばあちゃんと結婚観が合わないのは
もどかしい気持ちや罪悪感のようなものがあった。

 

 

ばあちゃんが死ぬ直前も
ベットで寝たきりになりながら

 

「早く結婚しなきゃダメだよ」

 

こう言われた。

 

 

最後の最後まで。

 

僕の結婚のことより自分の体の心配でしょ。

 

そう思った。

 

 

と同時に、そうやって僕を想ってくれてるのに
その期待に応えてあげられないもどかしさもあった。

 

 

結局、ばあちゃんが生きてる間に
結婚式にばあちゃんを呼んであげたり、
子供の姿を見せることはできなかった。

 

 

はたして自分は間違っていたのか?

 

ばあちゃんが死んでから
深く自分と向き合うようになった。

 

過去の記憶を引っ張り出し、
ノートにひたすら思ったことを書いていって、
自分と向き合いもした。

 

楽しかったこと、嬉しかったこと、
悔しかったこと、悲しかったこと、
満たされなかったこと。

 

あらゆる思い出や感情を書いていき、
1つ1つに対し「なぜ?」を繰り返し問いかけていった。

 

・自分はどう生きたいのか?
・何を大事にしてるのか?
・コアな価値観は何なのか?

 

ばあちゃんの価値観も理解はできるが、
それよりも自分の価値観を大事にしたかった。

 

そして、気づけばノートは
3冊分くらいになっていた。

 

 

結果、見えてきた価値観があった。

 

それは僕は人から何かを強制される生き方だけは
したくないということ。

 

なぜか?

 

それは僕が人の顔色ばかり伺ってきて
ずっと不便な生き方で苦しかったからだ。

 

僕は小学校の頃にいじめを受けたし、
中学校の頃には友達との間で仲間はずれにされて
孤立したこともある。

 

そういった経験から、周りの態度には
人一倍敏感になっていた。

 

結果、何をするにも人の顔色を伺い、
人から嫌われないようにすることが
行動の基準になっていた。

 

 

でも、その嫌われたくない気持ちのせいで
本当に生きづらい人生をそれまで送ってきた。

 

嫌われたくないから自分の意見を押し殺し、
周りに合わせて生きてきたし、
周りの話をただ黙って聞くことも多かった。

 

何も言い返さない性格だから、
あらゆる人から舐められた。

 

友達はもちろん会社の上司や同僚、
さらにはセミナー会場で初めて会った
見ず知らずの人にまでバカにされたこともある。

 

でも自分が何か言い返せば、
きっと倍以上になって返ってくる。

 

そう考えると怖くて、
結局また黙ってるだけだった。

 

 

他にも自分の時間を大事にしたいのに、
友達からの誘いを断れなかったり。

 

あとは聞きたくもないような
会社の先輩の愚痴を
延々と我慢しながら聞くこともあった。

 

 

そうやってあらゆる行動の動機が

「嫌われたくない」

という想いが原因だとわかったときは
正直ショックだった。

 

嫌われないことを優先するために
わざわざ自分が苦しくなるような行動を
これまで取ってきたのかと。

 

そして、そんな苦しい生き方を
わざわざ選んできた自分が
バカバカしく思えてきた。

 

 

結局、そうやって嫌われない生き方をするということは、
ずっと他人の軸で生きているということ。

 

そうなれば人の意見に振り回されることも増える。

 

でもそんな不便な生き方をずっとしてきたから、
これからは絶対にそんな生き方はしたくないと思った。

 

だから僕は人から強制されるのが嫌だったのだ。

 

 

だから、ばあちゃんが結婚の心配をしてくれるのに、
それをどうしても受け入れられないのは
仕方のないことだった。

 

 

僕は他人の軸で生きてるのではない。

 

仮にこれまで他人の軸で生きてきたのだとしても、
もうこれからは自分の軸で生きていきたい。

 

ばあちゃんの死がきっかけで自分と向き合い、
そういう結論に至った。

 

最後に

 

ここまで読んでいただいて
ありがとうございます。

 

今回は僕の人生観を話しましたが、
結局のところ嫌われない生き方をするより、
自分らしく生きるほうが大事ということです。

 

まあ、ありきたりな言葉かもしれませんね。

 

 

でもこれは僕の体験ベースで行き着いた答えです。

 

嫌われたくない気持ちのせいで
自分を偽って他人に合わせる。

 

でもその生き方のせいで
自分で人生の主導権を握れない。

 

これってなんかおかしな話ですし、
悲しいことですよね。

 

人生一度きり。

 

なのに、他人の軸で生きたって
死ぬときに後悔すると思うんです。

 

 

もちろん人の顔色を伺うのは
すぐには止められないと思います。

 

僕だってまだまだ
人の顔色が気になるときもあります。

 

ただ、以前と違うのは

 

「そうやって人の顔色を伺ってたら、
 自分の人生を生きられなくなって不幸になる」

 

と気づけるようになったこと。

 

そう気づけるようになったことで、

「そうだ、自分らしく生きるんだった」

と思えるようになりました。

 

 

なので、もし人の顔色ばかり気になるようでしたら、
今回の話を思い出してみてください。

 

そして、自分に問いかけてみてください。

 

「人の顔色を伺って不便な生き方をするか?」

「自分に正直になって幸せに生きるか?」

 

たぶん行き着く答えは決まってると思います。

 

 

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コメント一覧
  1. なぎさ より:

    ブログランキングからお伺いしました。おばあちゃんの死で自分を見つめなおしたのですね。私も人生一度きりと思い、会社を辞め自由となりました。ありがとうございます。

  2. 小山りさこ より:

    こんにちは。初めまして。
    読みいってしまいました。

    とてもとても共感します!

    『自分らしくいきること』とても大切ですよね。
    ともすれば、誹謗中傷等なにをいわれるかわからない世の中でもありますが、
    自分と向き合い、自分の心で動く

    大切にしたいと思います。
    ありがとうございました。

  3. ぶっちー より:

    小山さん、初めまして。

     

    コメントありがとうございます。

     

    自分らしく生きることで反対意見の人や
    誹謗中傷してくる人も出てくるかもしれません。

     

    ただ、それでも最後は自分と向き合って自分らしく生きることが
    幸せに生きる上では大事だなって思います。

     

    自分を大切に生きたいですね(^^)

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